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2007年1月28日 (日)

「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界遺産暫定リストへ

1月23日に「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界遺産登録暫定リストとして選定されました。

 富岡製糸場世界遺産伝道師として2年半の活動をしていたことからとても嬉しく思います。ましてやこの日は,私の誕生日でもあり,良き誕生プレゼントでもありました。
 富岡製糸場は地元の盛り上がりもあり,幾多の困難も予想されるものの来場者数の増加を背景に,前向きな取り組みが加速されることでしょう。
 今回,提案に至らなかった,新町屑糸紡績所,島村近代養蚕農家群,桐生の近代産業遺産群の動向が気になります。
 これ以外にも,絹産業遺産としては多くのものがあり,その認識の深化が重要になるものと思われます。

 伊勢崎周辺にも多くの素材があり,直接世界遺産に繋がらなくとも,バックアップできるものにもスポットを当てる必要があります。
 このブログを通じて,少しずつ考えを深めていきたいと思います。

2006年9月 7日 (木)

大阪堺筋へ行って来ました!

エキゾチック!大阪堺筋の近代建築

 仕事の研修仲間との宴会のため,遠路はるばる大阪の地へ旅してきました。
せっかくの機会なので,近代建築を下調べし,いざ街並み散歩。

 御堂筋の東にある堺筋沿いにある明治末から昭和にかけての近代建築を楽しみました。

Dscf0004  まず初めに見たのがDscf0006
生駒ビルジング」昭和5年の建物。
5階建てなのに存在感はひとしお。
老舗時計店の建物にふさわしく,時計の振り子を模した窓や細部のデザインに圧倒される。道路の交差点に面しているので,存在感は抜群。思わず見とれてしまいました。

Dscf0020  まったく下調べがなく,意表を突かれたのが「高麗橋野村ビル」。帰宅してから調べたら昭和2年の建築。専門的なことは全く分からないが独特の味がある建物だ。
コーナーが曲線となっているせいか,やわらかな雰囲気があり,建物全体の印象が軟らかい。しかし,1階部分のタイルは独創的なデザインで,正面入り口両側には月の装飾?もありオリエンタルな雰囲気も感じさせる。

Dscf0036   最も時間をかけて見た建物は,この有名な「大阪市中央公会堂」だ。国重文だけあって,素晴らしいの一言につきる。
木陰に入って,涼風を感じながらジックリと眺め続けました。大正7年の建築。
正面中央のアーチや柱,窓,屋根などどの部分を見ても洗練されたデザインで溢れている。中に入れなかったのが残念でした。

ほかにも,「新井ビル」「伏見ビル」,なかでも,ケーキ屋さんの「北浜レトロビル」(M43年)では2階でゆっくりコーヒーを飲んで建物もしっかり味わいました。若い女性客が多く,肩身の狭い思いをしたものの,”近代建築の魅力”は時代を超えるものだと感じました。

およそ,3時間の散策でしたが,とても充実した時間をすごせました。

もちろん,お昼からはお好み焼きにビール,グランド花月でのお笑い,ずぼらやのふぐ料理・・・と大阪を堪能したのは,言うまでもありません。
あー,楽しかった!

帰宅後,酒井一光 著「窓から読み解く近代建築」を手にし,復習をしたいと思います。

2006年8月24日 (木)

伊勢崎市境の街並み(2)

  境の街並みのシンボル ”生形家の擬洋風建築”

Photo_12 ほとんどが1・2階の建物が並ぶ街並みの中,3階建ての擬洋風建築は一際目立つ。
外観をみると,道路に面した2階にはテラスが張り出し,3階の窓上には半円形アーチがデザインされており,軒蛇腹の下部には小さなアーチを連続させた歯形様飾りがめぐらされている。昭和8年の建築である。
Photo_14 壁面中央には「薬局」「生形製薬所」の文字が記されている。
板倉屋(生形家)は大正時代からせき止め薬の製造販売をはじめ,全国各地を販売網に営業していた。長壽散,衛生散で近県はもとより東北,北海道まで商いし,店員20人,女中さん2人もいたとのこと。
Photo_1 奥には昭和2年より建築の土蔵があり,トラスを用いた小屋組で,開口部は耐火を考えて鉄扉にモルタルを塗り,漆喰仕上げとしている。この土蔵の左官技術はみごとなものらしい。

(「境町の民家と洋風建造物」より)

   これぞ境の街並み本来の姿 ”斉藤家”

Photo_4   近世の町屋に最も多く見受けられる”通り庭式”の平面形状をした建築物で,土蔵造り2階建て瓦葺き,外壁は黒漆喰塗り仕上げ。
川越の重厚な土蔵造りを偲ばせる立派な造りとなっている。
明治42年に材木屋の店舗として竣工したもの。材木やだけあって,立派な材木が使われており,内部の造作も念入りに造っている。
奥には土蔵が並び,隣のガスト駐車場からみると,町屋の奥深さを垣間見ることができる”側面景観”が魅力的であり,街並みの本質を知ることのできる貴重な景観といえよう。
このような,側面景観を街並みの中から随所に見いだせ,何気なく通り過ぎるだけでは気づかない,まちの魅力を感じることができる。また,建物の細部をみると,手の込んだ造作が随所にみられ,建物に込められた思いと豊かさを感じることが  できる。

2006年8月10日 (木)

伊勢崎市境の街並み(1)

 通勤で毎日通る街並みも,ちょっと注意してみるとおもしろい。
伊勢崎市境(旧境町)の街並みは,興味深い。Photo_15
活力有る街並みとは言い難いが,歴史的背景や,隠れた建築の様子など,知れば一層興味を引く。

 どこの街でもよく見れれる昭和40年代くらいの風景はまさに昭和を代表するような街並みである。
 建物高さも概ね同じ,正面のデザインも似通っている。
勝手なデザインを駆使し,高さや周辺との調和などに配慮されず,その結果として出現している”まとまりのない”街なみに比べたらずっと落ち着く。
きっと,当時はにぎわったであろう商店街の姿が想像される。

  当時の華やかな商店街も,裏手をよく見ると,どっしりとした和風建築が見え隠れし,本体と道路に面した”表の顔”との違いに気がつく。
Photo_16  
連続していたであろう街並みが途切れ,駐車場になっていたりするところでは,隠れていた本来の街の姿がハッキリわかる。

 最近流行の”景観”的視点からすると,ファサードを取り払えば明治・大正ロマンの街並みが出現しそうで,川越あたりの成功例をマネしたくなるであろう

 
しかし,意識して繰り返しこの街並みを見続けていると,今の姿をとどめることが重要に思えてくる。
 なぜならば,そこには明治からの時代をPhoto_6物語る歴史の変遷が刻まれていることに気がつくからだ。 
 ただ一つ,希望することは(可能であるならば),歴史の蓄積がかいま見える街並みの奥行きが感じ取れるようトタン板でおおわれた建物側壁=”側面景観”(こんな言葉はないのですが)を修復し,この街の歴史を伝えることができるのになー・・・と思う。